2013年にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューし、その後2014年に活動を休止した黒沼英之。
短い活動期間であったものの、人間的な繊細さに寄り添った音楽性とやさしい歌声で多くのリスナーを惹きつけ、活動休止はまさに惜しまれる出来事だった。
そんな中2023年11月、約10年ぶりに「HOPE」をリリースし音楽シーンに戻ってきたのである。
本記事では、活動休止期間の生活や音楽との向き合い方、そしてこれからの音楽活動とどのように向き合っていくのかに迫る。
◾️ものづくりをする人たちと過ごす、普通の生活
ーー 活動再開するまでの10年間は何をして過ごしていましたか?
音楽から完全に離れて、普通に生活をしていました。ちょうど活動を休止する直前くらいから、絵を描く方や写真家の方、いろんなクリエーションをする人たちと繋がって、彼らの作品を観に行ったり、一緒に遊んだりする中で、また音楽とは違う刺激を受けていましたね。新曲のジャケットのアートワークをお願いした小橋陽介さんもその一人です。
創作行為が生活の一部にある彼らのことは羨ましくも感じていたけど、だからといって「また音楽をしよう!」といった考えにはあまりならなかったですね。音楽をする想像を全くしないわけではなかったけど、余程大きなきっかけがないとなんだか中途半端になりそうだったし、「活動休止します」と言ったからには、ぬるっと活動再開するのも違うかなと思って。
音楽に対するエネルギーもあまりないし、活動再開したところで誰が聴いてくれるんだろうとも思っていたので、活動休止をしてから自分の音楽活動はもちろん、ライブを観に行くことも減りましたね。
ただ、ものづくりをする人たちのそばにいることで心が回復するというか、そんな時間だったように思います。
◾️活動再開のきっかけとなった「HOPE」
ーー 音楽活動を再開しようと思ったきっかけは?
日によってある日急に「復活してもいいな」と思ったり、「いやあの頃を思い出すとやっぱり…」となることもあったり、気持ちのアップダウンがずっとあったんですが、活動再開して最初に出した「HOPE」のデモを作り出した頃、「当時はライブよりもレコーディングが好きで、自分の力だけでなく、いろんな人と作り上げていく過程が好きだったな」と思い出して。
それまで休止期間は鼻歌を残したり、ピアノを弾きながら1番だけ作るみたいな、そんなものづくりはしていたけど、「HOPE」が完成に近づくにつれて、どうせここまで作ったなら聴いてもらいたい気持ちが強くなって、それで活動再開することにしました。
他の人の手も加わりながら曲が完成に近づくにつれて、聴いてくれる人の顔が思い浮かんだり、またライブしたいなとも思ったり、自分にとって、なにかひとつ完成させる行為が活動再開につながったような感じです。
あとはなんやかんや時間もありますね。10年間って文字にすると長いように感じるけど、自分にとってはちょうどよかった。冷静にもなれたし、もう一回音楽をやってみようと思える、いい距離感が取れる期間でした。
◾️ロウソクの小さな灯火のような、人に寄り添う音楽性
ーー 活動休止前の楽曲と活動再開してからの楽曲に変化はありますか?
10年前は一枚レイヤーを重ねていた部分はあるかもしれないです。自分の実体験だけじゃなく、想像の部分で書いていたところもあるし。
自分の話だけではなくて、友人の相談に乗っている中で知る人間関係の摩擦とかをテーマに音楽を作ることが多かったんですが、それをポップスにするためにラブソングに置き換えることをよくしていて。
だから実際の出来事というより、1つのテーマやフレーズから膨らませて曲を作っていくことが多かったですね。そういう意味で言うと10年前の曲は少し俯瞰的だったのかも。
活動再開してからは休止中の経験をを振り返ることが多かったり、当時も当時なりに自分のことを曲に落とし込んでいるつもりではいたけど、それ以上に今は本当に思っていることを伝えている気がします。
良くない部分も含めて自分の人となりがやっと自分でわかってきたから、想像して曲を作るというより、自分のことを分析しながら曲を作っている感覚です。だから、ある意味昔と比べて自由度は減ったかもしれません。
今は歌詞を書いていても「これって本当に思っていることかな?」と考えるようになって、この年で「等身大」と言っていいのかまだわからないけど、以前に比べるとリアルに曲を作れている気がしますね。
それもあって、昔の曲を歌うのが少し恥ずかしくなる時もあるけど…(笑)
ーー 今の曲もそうですが、10年前の曲も人間的な弱さだったり繊細さに寄り添ってくれる曲が多いですよね
たしかに。みんなとも居られるけど、たまに生きている中でチューニングがどこか合わないと感じている人たちだったり、繊細さをもった人たちが僕の音楽をたくさん聴いてくれている印象です。
「頑張れよ!」って背中を叩くよりも、自分の繊細さや弱さを見せることで、そこに対する共感性だったり、グレーな部分を肯定するような自分なりの応援ができたらなと思っていて、僕はロウソクくらいの小さな灯火をもって、遠くでみんなを見守っているようなイメージですかね。
それがなんとなく、別の場所にいる人たちが、「あそこで光を持ってくれているから安心する」って思ってくれるような、そんな感覚の音楽を届けられたらうれしいです。
ーー 実際10年前と比べて今の方が過ごしやすいですか?
そうですね…当時はずっと自分に焦っていた気がします。若いうちにメジャーデビューして、レーベルの力で大きな山を目指していくみたいな、自分の中での目指していた最初のスタートラインがメジャーレーベルからCDを出すことだったんです。
その空気は当時のライブハウス全体にもうっすらと流れていて、だから対バンする人たちでも誰が最初にメジャーデビューするのか静かな戦いがあったようにも感じていて、それに対してもただただ焦っていた。だからいざメジャーデビューしてみたら、そこから音楽をやることが自分にとってどんな意味のあることかわからなくなっていました。
今はいろんなプラットフォームがあるから、みんな音楽の発信の仕方もさまざまだけど、今の方が自分のペースで音楽活動ができるし、自分がやりたくて音楽をやっている感覚もありますね。
ただ同時に、誰に頼まれるわけでもなく自分のペースで活動していると、「なんで今こんなことをしているんだろう」とか思ってしまう時もあって。それでも、こうして取材を受ける時間もそうだし、ライブやいろんな場面で誰かに聴いてもらうのはやっぱり嬉しいし、人に作用してこそ音楽は意味があるなと思えるから、今はこのペースと、この距離感がちょうどいいです。
◾️気だるさをモチーフとした新曲「BAKA」
ーー 新曲「BAKA」はまさに等身大の黒沼さんを表現しているように感じました
まさに、自分自身のことを伝えた楽曲になっています。サビの「馬鹿だな」のフレーズは、昔のボイスメモに残っていて、サビになるのかAメロになるのかわからなかったけど、すごくお気に入りのフレーズだったんです。
元々R&Bやソウルっぽい感じがずっと好きで、曲のアレンジをしてくれた石田玄紀くんに「R&Bやソウルのテイストが入った少しダークな曲を作りたい」って話をしていて、リズムパターンやサックスの雰囲気とか曲の土台を考えていたときにこのフレーズを思い出して、曲に組み込みながら作りました。
「馬鹿だな」「どうしてうまくできないの」ってフレーズは元からあったから、それをなぜそう思ったのか、今の自分を掘り下げながら歌詞は書いていきましたね。気だるさみたいなテーマがあって、やるせなさやどうしようもなさ、みたいな素の人間性が詰まった曲になっています。
ーー 今までの楽曲とまた違うテイストですよね
去年の6月にワンマンライブをしたんですが、ライブが終わった後のことを何も考えてなくて…次何をしようかと考えた時に、2025年内にEPを出すことをゴールにしていました。活動再開してから出した曲や今回の「BAKA」があったり、EPのリード曲も今作っているけど、いろんなテイストの曲を通して今の自分らしさを出せたらなと思って制作をしています。
復活してからの3曲は全部1曲ずつ単体で発表していたので、ずっと点を打っているような感じだったけど、今回のEPを出すにあたり全体の流れを考えた時に「こんな曲も欲しいな」「こんな曲があるといいな」ってバランスを見ながら作った曲でもありますね。
だから今回の「BAKA」も「こんな感じの曲なんだ」と驚かれるかもしれないけど、最終的にEPを通して聞いた時に「なるほど」と思ってもらえたらうれしいです。
◾️健康的に、無理なく
ー 今後はどのように活動していきたいですか?
いろんなところで演奏したいです。10年前はレーベルのプロモーションツアーでいろんなところに出向いたけど、自分の力でツアーを回ることはまだできていないから、ツアーも実現できたらなと!
やっぱりライブや曲の感想を聞けるとうれしいし、活動再開して10年ぶりにライブを聴きにきてくれた人たちと話したときに、「普段こういうジャンルの音楽は聴かないけど、黒沼さんの音楽はなぜか好きなんです」と言ってもらえたりして、お休みしていたこの10年間、自分の中での音楽は止まってたけど、この10年間でも聴いてくれてた人たちはいたんだなと実感できたので、もっといろんなところでライブをしたいですね。
あとは今もEPの制作をしているけど、アルバム1枚を通して聴くって今の時代はあまりやらない人が多いだろうし、自分自身もアルバムにまとめなくてもいいじゃんって思っていました。ただ1曲ずつ作って出し続けるうちに「一連の流れのある作品を自分でも聴きたいな」と思うことが増えたので、こうした作品集を作ることも大切にしていきたいです。
ライブも曲を作ることも健康的に、無理なくできたらいいですね。